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ドラマと藤木さんと日常

 No smoking days 記事一覧

禁煙を始めたころには、
10年も吸わないでいられるなんてイメージできなかった。
もちろんそのつもりで禁煙を決意したのだけど。

吸いたいと感じるその一刻一刻をどうやり過ごすか。
今日は吸わないでいられた。
明日も吸わないでいられるかな…いや吸わないぞ。
小さな達成を積み重ねていくうちに、
少しづつ煙草のことを考える時間が少なくなった。

そしてその小さな達成が10年という月日になりました。
心が弱ってた去年、
煙草にすがりつきそうになったけど9年の年月が私を抑制してくれた。
だからもう吸うことはないんじゃないかなと思ってます。
もう嫌っていうほど吸ったし、吸っても一瞬の解放と
そのあとには吸いたい欲望が押し寄せてくるのもわかってるし。
10年禁煙したという現実が、今後喫煙する高い壁になってくれるはず。

ドライな考え方かも知れないけど、吸いたい人は吸えばいい。
右肩上がりの税金払ってるのに人には煙たがられ、
病気の予兆があれば「タバコ吸ってるからでしょ」と冷たく言われ、
それでも運よく長生きできたらいいけど、
病気になって禁煙や余命を宣告されても、
「私は吸いたいから吸った。病気上等、肺がん上等!悔いはない!」と言えるなら。

私はそこまでの覚悟は持ち合わせてませんでした。
若いころは何となく吸って、嫌なことを煙と一緒に吐き出してそれでいいと思ってた。
病気してもいいや。
どうせ子供産めないし、それなら吸ってやるぜ…みたいな(笑)
でも年を重ねると、病気とか寿命とかが現実として見えてきた。
そして肺がんで亡くなった伯父さんが、私に禁煙するきっかけをくれました。
このまま吸ってて私いいのかな、後悔しないのかな、と立ち止まらせてくれた。

伯父さんには長生きしてほしかったし亡くなったのは悲しいことでした。
でも伯父さんの死がなければ、私は今でも吸ってたかもしれません。
同じように伯父さんの死に直面してる兄は今でも喫煙者です。
人それぞれなのかな。

伯父さんが入院してる時に、
伯母さんが言ってたことが今でも頭に残ってる。
見舞いに来てた友人たちが帰りに喫煙してるのを見て、
「あなたたち肺がんの人見舞いに来てよく煙草吸えるね」
と言ったそうな。
どこかで自分は大丈夫だと錯覚しちゃうのかな。
でも伯父さんもきっとそう思ってたと思う。

たかが煙草で大げさな…と思わないでもないけど、
でもたかが煙草で寿命縮めたらたまったもんじゃない。
・・・と思うようになりました。

大切な人が周りにいるのならなおさら、
今この時にやめたら未来は変わるかもしれません。


久しぶりの禁煙ネタでなに書こうと迷ってたけど、
すっかり長くなってしまいました。
今まで書いたことと重複してる部分もあると思いますがお許しを(笑)


禁煙という言葉も忘れつつあったのですが、
2016年の年が明けてから色々なことが変わり始め、
少しづつストレスがたまり始めました。
禁煙9周年を迎えるころ、ふと私の中に眠ってた喫煙欲が芽吹きました。

「もう知らない もうどうなったっていいや・・・」

「そういや以前はこんなモヤモヤした時煙草吸ってたよなぁ」

「吸う? もうなんかどうでもいいや… 煙草吸おっかな」

なんて自分を虐めるような思考回路でした。

でも思いとどまったのは、吸った先には何にもないとわかってたから。
吸ってる時は、気持ちがスーッとしても、自分の中のドロドロはなくならない。
それがわかってたから、実際手にすることはしなかった。

その後、心に少し余裕ができてストレスは減ってきたけど、
たぶん私の中にはまだストレスがたまってる。
また何かあった時には、私のストレスコップは満タンになり溢れ出すのだろう。

その時にはまた喫煙欲が顔を出すかもしれない。
喫煙によって得ていた解放感とかそういうものが、私の中にある限り。
でもそれが一刻のことだともわかっているから、
顔を出したら引っ込めて、顔を出したら引っ込めて・・・・
そんなモグラ叩きを時々は、しなきゃいけないのかもしれません。



禁煙を始めて8年がたちました。

この時期になると煙草を吸う夢を見る。
まぁそれは偶然ではなくて、
禁煙記念日を意識するからなんだろう。

そして今朝久しぶりに夢を見ました。
もちろん吸ってましたとも、スッパスパ~と。
あたしって禁煙したのにタバコ吸ってたのね~ダメダメじゃん。
と眠ってる脳が思ってた。
でも途中から夢だと気づくと手にしてた煙草は消えていた。

もう煙草を吸ってる人が隣にいても何にも思わなくなりました。
いや正確には「やめたほうがいいのに…」と思うけど。

煙草は単なる呪縛。
吸わなくなっても自分がどうにかなることはない。
むしろ精神は安定すると思う。

今の若い子は嫌いな人が多いのかな。
甥っ子も兄が吸ってると「くっせぇなぁ~」と心底嫌そうに毒吐きます。
ほんの少し兄に同情します。
喫煙者の立場は弱まるばかりですね。

税金払って煙草買ってるのに、
隅っこで吸っても人に煙たがられてじゃ悲しいです。
いっそのこと、煙草捨てませんか?
…と兄に言えないことをここで言ってみる。



禁煙記念日がとうに過ぎてることにハタと気づきました。
7年かぁ~
"もう"なのか、"まだ"なのか、自分でもよくわからない。
ただ思うのは、二度と禁煙はしたくない。

吸うか吸わないかの葛藤の日々でした。
そんな葛藤も7年も過ぎると漠然とした記憶に薄らいでくるけど、
それでもあの時やめてよかった心底思います。
あの決断があって、そして葛藤があっての今の自分だから。


最近は喫煙者が減って来たという話ですが、
それでも時々この人喫煙者だなとわかる時がある。
全然知らない人とすれ違ったりした時に。

こんなに匂うものなんですね。
「煙草なんて吸いません」
ってスカした顔してた自分は、バレバレだったわけだ。
実に滑稽ですね。

吸うのも吸わないのも自由ですが、
自分の体の責任は自分で負うしかない。
ガンガン吸っても天寿を全うできる人も確かにいるでしょう。
でも自分がそうなるとは限らない。

喫煙してる人は別に長生きしたくないし…って言うんですけどね。
以前の私もそうだった。
でも、いざ現実に病気になったらどうだろう。
それに楽に死ねるとも限らない。

だったら今煙草をやめるのも一つの選択肢じゃないのかなぁ。

…と喫煙歴20年あまり、禁煙歴7年の自分が呟いてみる。
まだまだ7年なんて序の口だ。
せめて喫煙歴越えないとね。


禁煙記念日をとっくに過ぎてました。
もう吸わないことが日常になってます。

そういえばこの前、ふと煙草を懐かしむことがあった。
今後、もう吸う機会はないんだろうかって。
死ぬまで煙草は吸えないのかって。
なんだか惜しい物を手放してしまった気持ちになってしまった。

ヤバい、ヤバい。

こんな小さなすき間から、
一本くらい吸っちゃおうかなに発展する可能性があるんだよね。

一本吸ったら決壊は簡単に崩れる。
そしたらまた禁煙して…そんな連鎖嫌だもの。

5年過ぎて禁煙で苦しかったことも薄れて気が大きくなっちゃうのかな。
もう一度気を引き締めよう。


最近、歯茎がピンク色なのに気づく。
煙草を吸わなくなったことに体はちゃんと反応してる。

決意も新たに、さらなる先へ挑みます。


いつのまにか禁煙日を過ぎてました。
ふと思い出し、今年で何年だったかなとブログを見返す。
5年・・・・ふ~んまだ5年なのか。
もうずっと昔のことのように思えます。

そんなことがあったからかな、夢に喫煙する自分が出てきた。
禁煙したはずが、ちょいちょい喫煙してる事になってる。
「あれ~止めたんじゃなかったのかな~」と俯瞰から見てる自分。
夢と現実がひっくり返ってる。

タバコやめて5年たつのに、
いまだに喫煙する記憶は脳に刻まれてるのね。

今はもう、喫煙・禁煙の意識はほとんどありません。
だから逆に、ここでまた気を引き締めなくては。
煙草はすぐ近くに溢れているから…

5年を1つの節目として、次は10年を目指します

毎日忙しく過ごしてるうち4月に突入。
…そうだ、禁煙4周年だ。
過ぎてみるとあっという間。

だけど何年たっても、喫煙した履歴は消せないんだよね。
健康診断の問診書く時にいつも思う。

そうそう、禁煙して気づいたこと。
吸ったタバコの匂いって結構するもんなんだな。
自分は周囲に内緒で吸ってたつもりだけど、
バレバレだったんだろうなぁ。


で、しつこいけど年に一度のやつ書いておく。
『私はやめてよかったです。』

病気になる可能性は減った。
タバコが吸いたくてイライラするのがなくなった。
キレイな空気を吸ってる実感がある。
風邪をひかなくなった、喉風邪をひかなくなった。
隠れてコソコソしなくてもいいし、
タバコやめなさいと干渉されずにすむ。
解放感、達成感がある。

時々吸いたいと思わないわけじゃない、でも吸わない。
ストレス、煮詰まりはタバコじゃなくても発散できる。

目の前の一本…それって絶対吸わないとダメ?


4周年も過ぎ、目指すは5周年。
いや、まだまだ4年ぽっちだ。
だって吸ってた年数は20年弱…
それを超えないことにはね。

禁煙してから3年経ちました。

もう苦しさも感じません。
吸いたいと思うことも、ほぼなくなりました。
たまに懐かしく思うくらいで…
夢には忘れたころに出てきます、年に数回。
ごく自然に喫煙してる自分を冷静に見てる自分がいる。
起きると「何だろうこの感じ…そうだ久しぶりにタバコ吸う夢見たな」って。
前みたいに起きた時、よかった~夢で…という焦りはないですね。

一本くらい吸ってもいいんだよっていう余裕は持ってますけど、
やっぱり吸ったら戻ってしまうのではないかという、
怖さだけはまだあります。
最初の禁煙挫折がそうだったから…
一本吸うと自分にどんどん甘くなる。
抑制が利かなくなる。
決壊するのが怖い。

もう書かなくてもいいかなと思いましたが、記念にね。
そして来年4周年までこのままいくぞという決意。
たばこやめてよかったという再認識。
ホントに…心の底からそう思います。

禁煙を初めて2年がたちました。
喫煙してた自分は、はるかかなた昔のようです。

私が煙草にとらわれなくなったのは、1年を過ぎたあたりから。
そう…ブログに書かなくなってからなんです。
最初は、1週間、半月、1か月と書くのが励みになりました。
でもだんだん意識しなくなってきます。
そうすると、何か月たちましたと書くことで逆に煙草を思い出すように。
1年過ぎて書かなくなったら、思い出すこともまれになりました。


それでも、ごくごくたまに夢で見てしまうんですよね。
自分が喫煙してる夢を。

ふと自分の手にタバコがあって、ビビってしまうのよ。
あれっ?なんで?
確かやめたはずじゃぁ…
もしかして禁煙に成功したのは夢だったの?…なんてね。

ある時は部屋でタバコが1カートン買ってあるの見つけて愕然としたり。
夢から覚めて胸をなでおろします。


禁煙して苦しい思いもしたけど、やめてよかった。
喫煙してるときだって苦しいときあるよね。
吸いたくても吸えないときは苦しい。
それは喫煙していく間続きます。
禁煙で一時苦しみを乗り越えれば、もう苦しまなくていい。

なんであんなに急き立てられるように
煙草を吸っていたのか、今思うと不思議に思います。

昨日から、taspo=成人識別ICカードの導入が一部で始まりました。
自販機でタバコを購入の際にはtaspoがないと買えません。
未成年の喫煙を防止する為のシステム導入ですが
禁煙者にとっても力強い味方かもしれません。

禁煙中に、タバコを吸いたい衝動に駆られて
ふらぁっと自販機の前に立ってもtaspoがないと買えないですもん。
吸うと決めた人はコンビニでもいって買ってしまうでしょうが・・・
でもタバコを手に入れるための障害?手間が一つでもかかれば
抑止効果になるかもしれない。


まぁこのtaspoも賛否両論で、免許証でもOKになるとのことですが
ほんとに未成年の喫煙防止に繋がるんでしょうかね。